のが薄々分っているものだ。これが、又、人間の悲しいところでもある。アネサは身の程を薄々感じていた。オレがいい着物がきたい、天狗様のアンニャのヨメになりたいと云うと、誰かがなぜか笑うような気がするが、そうではあるまいか、というような、もっと漠然とした感じ方であった。
 天狗様というのは、この村の鎮守様のことである。本当の名は手長神社というのだそうだ。もう一ツ山奥の隣の村には足長神社というのがある。二ツは親類筋のものらしいが、祭礼の行事などはもう関係がなくなっている。というのは、この村の人たちは村の古伝などが大切だとは思わないし、手長神社は久しく誰も顧る者がない廃社になっていたのを、元亀天正のころ一人の風来坊が住みついて、全然自分勝手に再興したからであった。
 この中興の風来坊を調多羅坊というのである。彼は比叡山の山法師のボスで、ナギナタの名人であった。刃渡り六尺七寸五分、柄をいれると、一丈五尺という天下第一の大ナギナタを水車のようにふりまわす。
 元亀二年九月十二日、織田信長が比叡山に焼打をかけ、坊主数千人をひッとらえて涼しい頭を打ち落したとき、調多羅坊はカンラカラカラと打ち笑い、ただ一
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