ちあけていないが、七ツ八ツのころから、一と筋にあこがれていたことがある。そのアコガレは年と共に高く切なく胸にくすぶっていたのである。アネサはキンカの野郎のヨメになるツモリではなかった。天狗様のアンニャのヨメになりたかったのである。アンニャは、時にはアンチャとも云う。兄さん、青年ということである。天狗様のアンニャのヨメになりたかったが、色恋の沙汰ではない。天狗様のアンニャもキンカの野郎も、ウスノロで、ズクナシで、気が小さくて、いつもクヨクヨと、まるで一匹の悲しい虫だと思えばマチガイない。どこのアンニャも、まったく芋虫よりも魅力のある虫ではない。しかし、天狗様のアンニャのヨメになると、いい着物がきられるし、うまい物がたべられるし、威張っていられるし、それから、怠けていられる。はじめの三ヶ条によって、七ツ八ツのころから天狗様のアンニャのヨメになりたいと思っていたが、キンカの野郎と一しょになって以来は、怠けていられる、という最後の一条までがわが一生の遺恨となって無性にアネサのハラワタをかきむしるのである。
しかし、アネサはこのことを誰にも言えなかった。物には限度がある。だれでも身の程というも
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