困ることがあろうば。牛と馬が六匹うごいているようなもんだ」
「なに、こくね。あんたに呉れてやるすけ、オラトコのアネサ持ってッてくんなれや」
「オレは熊は使うてみていと思わねな」
「ザマ、みなされ」
オカカは腹を立ててもいるが、落ちついてもいる。今日、庄屋のオトトのところへ来たのはタダの話ではない。庄屋のオトトも肝をつぶすに相違ない話なのである。それは天下泰平の山奥の村落では、おだやかならぬ話であった。
★
オカカは長い間考えちがいをしていた。オラトコのアネサは生一本の怠け者で、ほかに望むところのないのが、せめてもの取り柄であると。ところが、そうではなかったらしい。
人間というものは、悲しいものだ。キンカの野郎のアネサは存分に怠けているように見える。もッと働いてくれないかと頼む人はいるけれども、たッて働けと言いきる勇士は誰もいない。馬吉のオカカですらも、ダメなのである。だからアネサは人間の境地を分類して、悠々自適と称するところに居るのであるが、かほどの人間でも、充ち足りざるものがある、夢がある、無限の遺恨があるのである。ああ、悲しいかな。
アネサは誰にも打
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