抵抗して、信長勢を三人ぐらいは斬り伏せたというような武勇譚も歴史に残っていないのである。インチキ軍記や講談にも存在しない。しかし、この村には実在している歴史であるし、それを否定する鑑定機械はどこにも実在しないのである。
 調多羅坊はこの村に落ちついてから、ツラツラ天下の歴史にてらし乱世の有様をふりかえッて悟りをひらいた。ツラツラ乱世の原因をたずぬるに、実に野郎が武器をいじくるのがよろしくない。しかしながら武器武術というものは、これは存在しなければならないものだ。なぜならば、これが神仏に具わる時には威風となり、崇敬すべき装飾となる。ところが野郎がいじくるから、神仏をはなれて乱世をおこす。だから武器武術は神仏に具わると共に、女が花をもつ手でいじくってこそ真の妙を発する。これを天地陰陽の理というのである。だから天地の理によると、武器武術をつたえて神仏をまもるものはジャベでなければならん。こう会得したから、女房をもらい、ナギナタの手を伝えて、手長神社をまもるミコにあがめて、自分の女房を一生大事に崇拝したのである。
 これが天狗様の中興の縁起である。一説によると、調多羅坊は鞍馬の山伏であるとか、
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