も知らねわ」
 どうも、困った。キンカの野郎のアネサに理を説いても、すべて論争が役に立たないタテマエであるから話にならない。
「マア、なんだわ。ミコサマは利巧な人らすけ、バカなことは、しなさらねにきまってるわ。仕方がねえすけ、オレもあしたの朝は天狗様へ行って待ってるわ。オカカも来ねばならんど。オトトもキンカの野郎も連れて来た方がええがんだ。万が一、アネサがあたけやがったら手がつけられねわ。オッカネなア。オラも、こんげのオッカネことは、生れてから聞いたことがねえもんだて。誰に来てもろたら、ええもんだろか。この村にいッち強《き》ッついモンは、困ったもんだのう、一番目はあのアネサにきまッてるこて。あのアネサがオッカねえというモンは、どこの誰らろかのう?」
 庄屋が大そう苦心しているところへ、ちょうどいいアンバイに、たそがれたころ、遠乗りの家老が山道に行きなやみ、一人の侍をしたがえて庄屋のところへ辿りついた。
 庄屋から明朝の果し合いの話をきいて大いに興がり、よろこんで一しょに行ってくれることになった。まさかミコサマが相手になって出てくることはあるまいが、アネサがそれを怒って、天狗様の屋敷の門
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