べからざるオソメを選んだアヤマチに気がつくのである。どうしてミコサマともあろうものがそんな軽率なことをしてしまったか。しかし、今からでもおそくはない。ミコサマは空をきる矢のように畑や森や谷をとんで、クマをむかえにくる。そうでなければならないはずだ。さもなければ、てんで話が合わない。キンカの野郎のアネサは朝ごとにオカカの奴が耳もとでラッパをふいてゆり起すたびに、今日こそは、と考える。オソメが谷を渡りそこなって死ぬ。ミコサマがとんでくる。アネサはだんだんねむくなる。それは快いねむりだ。オカカのラッパがどんなに音色が高くても、もうきこえる筈はない。オソメが谷を渡っている。足をすべらしている。ミコサマが畑や森の上をとんでいるのだ。
 ところが思いがけないことになった。オソメが谷を渡りそこなって死なないうちに、ミコサマの方が死んでしまったのだ。こうなれば、もはや取り返しがつかない。オソメはすでに決定的にミコサマなのである。否、すでに彼女はミコサマであった。
 どうして、そんなことになったのか。キンカの野郎のアネサは途方にくれた。どう考えてもフシギであった。ただ途方にくれ、考えあぐねるばかりであった。
 ミコサマの葬式もすんだ。天狗様のアンニャのアネサが新しいミコサマだということは、もはや誰も疑ぐる者がなかった。キンカの野郎のアネサが本当のミコサマになるジャベで、先代のミコサマの軽率な思いちがいであったことは、もはや誰にも知れることがないような、フシギなことになったのである。
 キンカの野郎のアネサは、たまりかねて、天狗様のアンニャのアネサをよびだした。彼女は相手をミコサマだとは思わなかった。ただの天狗のアネサである。そのアネサを手長神社のホコラの裏手へよびだして、
「ンナ、どうして本気のことを村の人に言わねのか。いつまでも隠してけつかると、かんべんしねど」
 ミコサマはヤブから棒の話におどろいた。
「なんの話なのよ。あなたの言うこと、わけがわからないわ」
「わけがわからね? この野郎、しらッぱくれると、くらすけるから、そう思え。ミコサマが死ぬ時の遺言、隠してけつかるでねか」
「お母さんの遺言て、どんな遺言?」
「この野郎ゥ。どうォしても、言わねか。ミコサマは死ぬとき、ンナに遺言したでねか。オレが死んだら、キンカの野郎のアネサにたのんでミコサマになってもらえと言うたでねか。オレ
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