たもんだ。ミコサマの目は良う睨んだもんだわ。オッカネ。オッカネ」
「本気に、オッカネなア。それに、オソメは綺麗だてば」
村の人々はそう云って賞讃した。クマが甚しく心外であったのは言うまでもない。
オソメが病気になって死んでしまえばいいと思っていたのに、馬にも蹴られずに無事に育って、次のミコサマはなんてまア美しくて品があるのだろうと評判が良くなるばかりであった。そして天狗のアンニャの元服の時にヨメの式もあげて、晴れてミコサマの跡をつぐことになった。クマときては、それから五年たってもヨメに所望する者がない。クマはそれを天意と見た。つまり近々オソメが死んで、自分が改めてミコサマに選ばれるための天のハイザイであろうと見ていたのである。
あにはからんや、オソメは死なずに、キンカの野郎のオカカからヨメの口の所望がきた。ツラツラ思えばヨメの所望をうけるのはマンザラではないから、してみると、もう結婚してもいいという天のハイザイであろう、神様の思想が変ることもあるものだ、と、クマはよろこんでキンカの野郎のヨメになった。
しかし馬吉の一家のアクセク働くこと。オカカは朝ッパラからラッパのようにブウブウ云って、野良へでればまるでテンカンを起したような忙しさでクワをふりふり働いてけつかる。ああ、なんたることだ、と思えば、そぞろ無念でたまらないのはオソメである。たしかに、あのとき、ミコサマは鈴をふって舞いながら、ジッと自分ばかり見ていたはずだ。その目がいまでも自分の額にも腕にも背中にもしみついて、かゆいような気がする。どうしてオソメが天狗様のアンニャのヨメになり、自分がキンカの野郎のヨメになったか、どう考えてもワケが分らない。
馬吉のオカカがラッパを吹くたびに、アネサは実に虚無を感じた。全身の力が一時にぬけてしまう。決して怠けているのではない。シンからねむたくなったり、力がスッカリぬけおちて身動きをするのもイヤになる。誰が一々返事をしたり、喋ったりする気持になるものか。
しかし、どうしても、オソメが死ぬような気がするのであった。谷を渡るとき、足をすべらして死ぬような気がする。ちょッと病気では死なないようだ。いくらヒヨワに育っても、若い者はなかなか病気ぐらいではくたばらないのが実に面白くないことである。オソメが死ぬ。ミコサマはビックリして、自分が考えちがいしていたことに気がつく。選ぶ
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