キ使うのをやめるか、やめないか、ハッキリ返事をきかせてもらおう」
「アッハッハ。子供というものはタワイもないもので、ハゲミをつける方法を講じておかないといけない。オジジは、失礼だが、田舎ずまいの世間知らず。世道人心にうといな。オレにまかせておけば文武両道、仁義忠孝をわきまえた一人前の人物に仕込んでやる。そろそろ仕込んでやろうか」
「おジジとは無礼千万な奴だ。なにが、文武両道だ。このホラフキめ。仁義忠孝がきいてあきれるわい。そんなら、きっと、仕込んでみせるか」
「どのぐらい仕込んでやろう。四書五経、史記などは、どうだ」
「大きなことを言うな。名前が書けて、ちょッとした用むきの手紙が書ければタクサンだ。今は八月だが年の暮までに仕込んでみせるか、どうだ」
「お安い御用だが、オジジも慾がないな。ほかに注文はないかな」
「生意気なことを云うな。やりそこなッたら、キサマ、村構えにするから、そう思え」
「アッハッハ。心得た」
翌日から子供たちに、日に五ツずつ字を教えて、センベイに書かせる。
「チョーセイ、チョーセイ、フノ字ノ番ダヨ、チョーセイ、チョーセイ」
こう唱えてやらせる。できたセンベイを重箱につめて、辻に立って、
「東西々々。チョーセイ元祖の梵字センベイ。わけのわからない字のようで、わけのわかる字もある。わけのわからない字をよオく見ていると、わけがわかるようになるし、わけのわかる字もよオく見ていると、わけがわからなくなる。睨めば睨むほど、ハッキリとして又もやボンヤリとするマジナイの文字。これを朝に五枚夕べに五枚、日に十枚ずつよオく睨んでからポリポリとたべる。御利益は良い子宝にめぐまれる。寝小便がとまる。精がつく。石頭が利巧になる。オタフクの鼻がとんがって少しずつ美人になる。よいことずくめで、悪いことは一つもない。ポリポリポリポリとかじりながら願をかけると、よろずかなわぬものはないぞ。さア、たべり。チョーセイ元祖の梵字センベイ」
売れるわ、売れるわ。羽が生えて飛ぶように売れる。たちまち産をなした。そこで新居の隣に道場をつくった。センベイ焼きのヒマに文武両道を教えるツモリかなと思うと、大マチガイで、ここで子供たちを勝手に遊ばせておく。なるほど、遊び場所が必要なわけで、村のガキどもが全部集って押すな押すなの盛況であるから、運動場がないと始末がつかない。順番にセンベイをやいたり遊んだりしている。
村の者は大そうこまった。子供を叱りつけて、野良へつれだして手伝いをさせる。いつのまにやら見えなくなってしまう。
子供が三人あつまれば、野良仕事はそッちのけで、モチ竿を突きだして、
「チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ」
妖しい手ツキで虫や雀を追いまわしている。食事時には、皿まわしをやる。ヒンピンと皿が盗まれる。こわれる。村の子供は、チョーセイ、チョーセイと咒文を唱えると、どんな怪物も疫病も退散すると心得ているらしくて、親父どもが叱りつけたり追っかけたりしても、おどろかず、たちまち妖しい手ツキをして、
「チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ」
親の鼻の先で、両手の指を妖しくふるわせて親を咒文にかけようとする。トンボとまちがえているらしい。
そこで村の大人が庄屋の屋敷へ集って相談会をひらいたが、一同は殺気を帯びて、評定前からむやみに興奮している。
「あの野郎、くらすけて[#「くらすけて」に傍点]やらねばならねが、ハテどうしたもんだろう」
くらすける、というのは、ブン殴るということである。
「それには先ず、てんでが棒、鳶口、クワを持って野郎のウチへ押しよせる。野郎の屋敷をたたきこわして、川へぶちこんでしまえ」
「そうだ。そうだ。野郎逃げやがったら、ぼったくって、天ビン棒でしわぎつけてやれ。ころんだところをキンタマしめあげて、くらすけてから、ふんじばって村の外へ捨ててしまえ」
ぼッたくる、というのは、追ッかける、という意味である。殺気横溢、大そう乱暴な雰囲気であるから、長兵衛が一同を制して、
「待たッしゃい。待たッしゃい。手荒なことをしても、なんにもならない。ホラブンは金があるから、再び、村へ戻ってきて屋敷をつくれば元のモクアミ。腹イセに村の子供をたきつけて、どんな悪さを企むか分らない。子供に火ツケでも教えこまれると、村が灰になってしまうぞ」
「それは困ったこんだ」
「さア、そこだ。奴めが自然村に居たたまらないような計略をめぐらさなくちゃアいけない。例年通り、お諏訪様の祭礼がちかづいたが、知っての通り、この祭礼に限って藪神《やぶがみ》の非人頭段九郎が境内を宰領することになっている。段九郎は配下の非人二十人と山犬十匹をつれて宵宮の前夜に山を降りてくるが、配下と山犬は河原へ小屋がけして祭礼のあいだ住んでいるが、村や祭礼へ
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