り、肥ダメの中へ突き落して、
「ホレ。チョーセイ。チョーセイ」
蜂どもを棒の先でなだめて、ニコニコ笑いながら戻ってきた。
「あんた、本当に、どこもやられなかったのか」
「アッハッハ。ほれ。ごらんの通りだよ」
ホラブンは帯をといて、ハダカになって、全身を裏表あらためて見せた。胸板は厚く、二枚腰、よく焼きあげた磁器のようなツヤがあって、見事なこと。
「フーム。豪傑のカラダには蜂がたからないと見える。フシギなことだ」
「なアに。虫は人間のカラダを怖れてたからないのが自然なのさ。ひとつもフシギなことはない」
ホラブンは、大そうケンソンなことをいって、すましこんでいる。
「ブンさん、強いなア」
と、寺小屋の小僧どもは感服して、
「蜂でも山犬でもブンさんを見ると逃げてしもうぞ」
「バカ言うな。虫も山犬も、みんなオレの仲よしだ。オレの顔を見ると、イラッシャイと云って、逃げるようなことはしない。ほれ、見てろ」
子供のモチ竿をかりて庭へでて、杏の木の蝉にむかって、
「チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ」
チョイ、チョイ、チョイと、竿の先をふるわせて近づけると、何匹でも蝉がくッついてしまう。
「ワア。すごいな。でもなア。ブンさんでも、雀はとれねえな」
「なんだと。どこのガキだ。とんでもないことをぬかしやがったのは。このガキめ、見てろ」
モチ竿をつきだして、庭の木の雀にニコニコと竿を近かづかせて、
「チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ」
チョイ、チョイ、チョイ、と近かまへ持って行くが、雀はキョトンとしてジッとしている。なんなくモチにかかってしまった。
「どうだ。このガキども」
「ワア。おどろいたな」
子供たちの人気は大変なものである。坊主は寺小屋には手をやいていた。百姓の子供に文字を教えても仕様がないが、庄屋の長兵衛がうるさい老人で、雪国の百姓は冬出稼ぎにでる。他国へ行って文字の一ツも読めなくては不自由であるし、多少とも素養があると、人間、礼儀をわきまえる。百姓だからといって文字を知らなくていいという道理はない。手紙の用が足りるぐらいは覚えておきなさい。こういうわけで、坊主は寺小屋を押しつけられたが、村のガキどもは野良とお寺の区別なく鼠のようにあたけて寺のいたむこと。おまけに無給のサービス、一文の収入にもならない。農村では七ツ八ツになると、多少の手助けにはなるものだが、役にも立たぬ寺小屋通いに手伝いの手をとられて百姓どもは大ボヤキ、坊主はモライにならないどころか、ウラミをかう始末で、こんな迷惑なことはない。
ホラブンが子供に人気があるから、坊主は大そうよろこんだ。新居ができて引越しというときに、
「ブンさんや、今生のお願いだが、あんたのところへ寺小屋をひきとってくれないか。末代まで恩にきるよ」
「オレも家ができれば遊んで暮すわけにはいかない。しかし、女房が読み書きに多少の心得があるから、よろしい、寺小屋をやってあげましょう」
寺小屋をひきうけることになった。
しかし、遊んで暮すわけには行かない。女房と二人、夜ナベにセンベイを焼き、アメをつくる。ちゃんとその設計にしてあるから、アメを柱にまきつけて、しごいて、ねって、これをきざんで、重箱につめて、二尺に三尺の大きな二つの荷に造って、これを天ビン棒で、かついで、城下町や、天領の新潟港や、近在の賑やかなところへ売りに行く。
彼は花サカ爺イのような赤い扮装、タイコをたたいて、
「チョーセイ、チョーセイ。ドンドン、ドンドコドンドン」
辻へ箱を下し、人をあつめて、皿まわし、タマの使い分け、虫の鳴きマネ、などをやってみせる。いつもニコニコと愛想がよくて、オマケにして見せる芸が至芸であるから、大そうな人気。とぶように売れる。元祖チョーセイアメ、ホラセンベイといえば近郷近在になりとどろき、遠い所から珍芸を見物がてら買いにくる人もある。ホラブンが六尺有余の大きなカラダに持てるだけ持って出た品物が、店をひらくと忽ち売りきれてしまう。
寺小屋はアメとセンベイの製造工場に早変りして、ガキどもはせッせとセンベイをやいている。駄賃にアメとセンベイがもらえて、面白くもない字を習う必要もなく、皿まわしを習うことができるから、大そうな喜びようで、寺小屋の繁昌すること、みんな心をそろえて、
「チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ、チョーセイ」
と、咒文《じゅもん》を唱えながら、一心不乱にセンベイをひっくりかえして焼いている。
これを知った庄屋の長兵衛、大そう怒って、のりこんできて、
「コレ、ブンや。お前、とんだことをする。猫の手もかりたいような百姓の子供をセンベイ焼きにコキ使われてたまるものか。お前のような札ツキに寺小屋をまかせたのが、こっちの手落ちだが、今日かぎりセンベイ焼きにコ
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