は遠慮して出てこない慣例になっている。段九郎だけが当日に限って紋服を許され、祭礼の世話人席に控えることになっている。オレが思うには、段九郎の手をかりて、ホラブンを退治してやろうと思うが、どうだえ」
「なるほど。雀とりの競争をやらせて、負けた方を、くらすける」
「ただくらすけるぐらいでは仕様がない。お前たちも知っての通り、段九郎の山犬は狼の一族だ。あの山犬の遠吠えをきくと、村や町の飼い犬は小屋へ隠れてふるえているということだ。今年は四年目の大祭であるし、何十年来の豊作だから、特にさし許す、と称して、段九郎の配下と山犬をお諏訪様の裏の藪へ小屋がけさせる」
「それは大ごとら[#「大ごとら」に傍点]。参詣人が山犬に食べられてしまうがね」
 大ごとら、というのは、大変だ、ということである。
「山犬は段九郎になついているから、命令がなければ人にかみつく心配はない。四年目の大祭には近郷近在から参詣人があつまる。ちょうど稚子舞いの始るころが、参詣人の出盛りだな。ドン、ドオン、と大太鼓を打ちならす。いよいよ稚子舞いが始まるところだ。そのときワアッという騒ぎが起る。十匹の犬があばれて、境内へとびこんできたのだな」
「大ごとら。あんたどうしてくれるねー」
「オーイ。段九郎。早く犬をしずめろ、と云うと、段九郎が蒼くなって、イヤ、オレはダメら。ウッカリ忘れていたが、山犬は太鼓の音を耳の近くにきくと気がちがってわけがわからなくなってしもう。オレが止めに行っても噛まれてしもう。仕方がないから、四人五人食べられてもらおう。食べるだけ食べれば、気がしずまる」
「馬鹿《ウスラ》げな。あんたが食べられて了いなれや」
「そのときオレが段九郎の手をひッぱッて、ホラブンのとこへ駈けつける。奴めは村の大祭だから、ここがもうけドコロと、十日も前から村の子供にセンベイをシコタマやかせ、アメの一石もこねて、境内の広場に店を構えてけつかるに相違ない。そこへオレがとんで行って、ヤイ、ホラブンめ。お前は日頃野の鳥も山の犬もオレの友達だからモチ竿をつきだすとみんなおとなしくなってオレのモチにかかると言っていたな。まさか後へはひくわけにはいくまい。さ、あの山犬をしずめてこい。段九郎や。お前からも、よく、たのめ。それ、段九郎もたのんでいるぞ。まさか、できないとは言うまいな。出来ないと言うたら、段九郎の配下どもにウヌの屋敷へ糞をまかせて何百年も住めないようにしてくれるから、そう思え」
「ワー。オモッシェ[#「オモッシェ」に傍点]なア」
 というのは、ワー、オモシロイナア、ということである。舌のまわらない子供じゃなくて、オヤジどもが喋っているレッキとした大人の言葉なのである。
「こう言われると後へはひかれないから、奴が山犬をしずめにゆく。それをみて段九郎が山犬をケシかけるから、たちまち十匹の山犬がホラブンにとびかかって、ところきらわず噛みついてしもう。いい加減のところで段九郎が山犬をしずめてくれるから、ホラブンの奴め、一命は助かるけれども、全身血だらけの重傷はまぬがれないな。これで奴めは、顔向けができないから、家をたたんで、夜逃げをしてしもう」
「そうだ。そうだ。それが、いッち、いいがんだ」
 と、皆々大そう喜んだ。
 祭礼がきたので、長兵衛は自ら段九郎のもとへ赴いて、密々に相談する。段九郎が快くひきうけてくれたから、例を破って神社の裏の藪へ非人小屋をかけさせて、前夜には、酒や米を存分にふるまってやった。
 当日は秋ばれの一天雲もない好天気。田は上々のミノリであるから、あとはトリイレを待つばかり、心にかかる雲もない近郷近在の農民がドッと祭礼へおし出してくる。
 この諏訪神社の祭礼には、ミコの舞いもあるが、近郷八ヶ町村の中から、年々良家の美童一人を選んで、祭神の化身にたて、多くのミコにかしずかれて稚子舞いをやる、これが名物。今年の稚子はどんなに可愛いだろうと、遠近から参詣人があつまってくる。老婆連は本当に祭神の化身と信じて、ありがたや、もッたいなや、ナンマンダブ、ナンマンダブと拝んでいる。
 ドン、ドドオンと大太鼓が鳴りだしたから、さア、いよいよオ稚子サマが現れるぞ、というので、人々は舞台のまわりにひしめいて待ちかまえるところへ、
「キァーッ。助けてくれえ」
「オラ、ダメられーキャッ。オラ死ぬれねー」
「助けてくんなれやア。犬がオラこと、ぼッたくッてくるれねー。どうしたもんだてバア」
 などゝ、大変な騒ぎになった。万事予定通りに、うまく運んで、長兵衛は段九郎の手をひッぱって、ホラブンのところへ駈けつけて、
「ヤイ。ホラブン。キサマ日頃大きなことをぬかしてけつかッたが、今日こそ広言通りの手並を見せてもらわねばならんぞ。キサマあの山犬をしずめてしまえ。今になって、できませんとぬかしたぶんには、キサマ
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング