チョイと隠す。直立したカメの身体は水流と共に流れているから、人々の目には一枚の葉ッパが浮いて流れているとしか見えない。これを葉隠れという。カメは水中に魚をとる姿を人に見られるのがキライだから、自然に体得した隠身法であった。
これらの秘術をカメが体得していることは、町の人々は知らなかった。
カメが井戸へとびこんで、それッきり物音ひとつきこえないから、ワッと泣きだしたのは女房で、髪をふりみだして多茂平のところへ駈けこんで、
「旦那さま。オラがあんまりジャケンなことをしたから、カメが井戸へとびこんで死にました。カメが死んでは、生きているハリアイもないから、オラも後を追ってとびこんで死にます。お騒がせしてすみませんが、チョックラ挨拶にあがりました。どうぞ線香の一本もあげて下さい」
と言い残して駈け去ろうとするから、
「オイ。待て、待て。井戸といえば、町内には共同井戸が一つあるだけじゃないか。そんなところへ飛びこまれてたまるもんか。オーイ。町内の皆さん方。出てきてくれ。大変なことになりやがった」
そこで町内の連中が井戸のまわりへ集った。
「え? なに? ひもじかったらゼニもうけてこい。エ
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