、それは彼の本能に馴れた方法で襲うもので、それに応じて逃げる術が本能的に具っている。本能に馴れない方法で襲う敵は、ムヤミに急襲するものであり、それに対しては彼も向うみずに逃げる本能の用意がある。カメの沈身法は魚の本能の逆手をとって、不動金しばりにするもので、これが奥儀中の奥儀である。水底を静かに歩く。そして水底の魚に魂魄をもって話しかける。お前、どうだ、オレのところへこいよ。オレの指の中へはいれ。こう言うと、魚は指を見て、合点して、指の股へ身をすくめてはいってきてジッとしている。こうして両手の指の股へ合せて六匹ぐらいまでは魚をはさんで帰ってくることができる。
カメはすべてこれらの奥儀を独学によって自得したのである。彼は水面を泳ぐことはできない。彼は泳ぐ必要を認めないからだ。魚は泳がない。魚は水をくぐるのである。人間は水面を泳ぐから、魚をとらえることができない。
カメは水面へ姿を見せないけれども、一里の河を誰にも姿を見られずに横断することができる。フトコロに葉ッパが一枚あればタクサンだ。水中をくぐり、息がきれると、静かに直立して水面ちかく浮きあがり、鼻の孔だけ外へだす。これを葉ッパで
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