をユックリ歩くということはできない。
そこでカメは研究した。常人は人間の常識的な限界に見切りをつけるからダメであるが、カメは必要の一念によって、何物にも絶望しないから、隠された真理を見出すのである。これを奥儀とよんでもよい。
胸の息をぬくことによって、人間の身体は自然に水底へ沈むことをカメは発見した。しかもカメはうまいことを、すぐ、さとった。胸の息をぬいて自然に水底へ沈み落ちる時には、先ず足の方から下へ落ちて行くものだ。人間の足が頭よりも重いわけはないのだが、胸に空気があるために、足の方に重みがかかって、足の方から沈む。胸の空気がなくなるにつれて、だんだん水平に沈むことになる。
つまり、胸の空気の加減によって、人間は水底へ沈んで直立することもできるのである。直立することができれば、歩くこともできる。
沈身法の奥儀は、まず第一に、胸の軽い息をぬいて、水中へ沈む。第二、軽い息の出し加減によって直立する。第三は、そこで腹の底へギッシリたたんでおいた重い息をジリジリとなめながら、静かに水中をさまよって、水底ならば安心と心得ている魚をつかまえる。魚は水底を安住の地と心得、敵が襲ってきても
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