ナニ?」
「腹がすいてるから、働かれない」
「このウスノロのコクツブシめ!」
 女房は怒って、ありあわせの棒をつかんでカメの脳天をぶんなぐった。ゲッ! カメは尻もちをついたが、一撃ぐらいで女房の怒りはおさまらない。
「たすけてくれ」
「たすけてくれ、だと? ヒョウロクダマめが。ウヌが腹がへると思ったら、腹いっぱい食えるだけ、ウヌがゼニもらって帰ってこい。ウヌのおかげで、オラの腹までへッているぞ。これが、たすけてやられるか!」
 女房は再び棒をふりあげて、前よりも気勢するどく振りおろした。こはかなわじ、とカメは外へにげた。怒りくるった女房は、カメが外へにげると、益々気勢があがって、追いつめては、なぐりつけ、追いせまっては、突き倒す。井戸端へ追いつめられたカメは、井戸を見るなり手をかけると、中へドブンととびこんでしまった。
「井戸が見つかって、よかったナ。これで、助かった」
 と、カメは井戸の底でよろこんだ。彼は生れつき水の冷めたさというものを、あんまり感じない。奥山の谷川というものは、一分間と足を入れていられないぐらい冷めたいものだが、カメは淵の底へもぐりこんで魚をとることがなんでもない
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