ら、殿様は怏々《おうおう》としてたのしまない。
 源左は不思議な術者を発見したから、これを殿に差し上げたら面目をほどこすだろう、と大そうよろこんだ。
「コレ、者ども、控えろ。カメをこれへ連れてまいれ」
「へい」
 鶴の一声。御家老様の命であるから、舟の者はオカへあがって控えたが、カメをつれてまいれたって、これだけ追いまわしてつかまらないのに、ムリなことを云う人だ。
「アッ。そうだ。オイ。一ッ走り、ミソ漬のムスビをこしらえて、持ってこい」
 こういうわけで、カメは家老にしたがって、殿様の前へつれて行かれた。
          ★
 家来に武芸者は多いが、水泳の指南番は観海流の扇谷十兵衛という初老の達人が一人であった。とは云え、こんな小藩で水錬の指南番を召抱えているのは珍しい。
 殿様は源左から話をきいて、大そうよろこんだ。
「扇谷十兵衛をよべ。阿賀ノ川へ遠乗いたすから用意いたせ」
 気の早い殿様である。
 源左、十兵衛、カメ、その他数名の者をひきつれて、さっそく川岸へ到着した。
 殿様は十兵衛に命じて、
「カメの手錬をためしてみよ」
「ハッ」
 そこで十兵衛はカメをよんで、
「殿の 
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