たのを見すまして、カメは又ドブゥン。気がつくと、反対側のオカへあがって休息している。一同は舟で行ったり、戻ったり、それだけでヘトヘトだ。
「野郎め。姿を一度も見せないで、どうして河を渡りやがるのだろう。よッく水の上を見張ってろ。息を吸いに顔をださない筈はないから」
 要所々々に舟をかまえて、目を皿にして見張っている。カメは土手の畑から芋の葉をとってフトコロに入れて水中にもぐっている。カメが水錬の奥儀に達していても、顔の造作は生れながらのもので、河馬のように目と鼻の孔だけ水面へでてあとは一切水中に没して見えないという都合の良い出来ではない。いかほどの名人がやっても、鼻と一しょにオデコかアゴか、どっちかでる。カメは出ッ歯であるから、鼻と一しょに出ッ歯がでる。鼻の孔よりも出ッ歯の方が上にでるから、口でチュウ/\息をした方がよい。
 そこでカメは浮きあがると芋の葉をチョイと水平にかざして、葉ッパの裏へ口を吸いつけて、チュウ/\息を吸う。
「オイ。見ろ、見ろ。芋の葉ッパが沈んだぞ。どうも怪しいと思っていたわい。芋の葉ッパに限って、時々、方々に流れているのが変だな、と思っていたのだ。カメの奴、時々
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