川などと大きなことを言うが、大水がでた時のほかは至って水がすくない。ひろい河原をチョロ/\と小川が流れているだけのことだ。たいがいの川がそうである。
 ところが日本海へそそぐ川は、河口から相当さかのぼっても、一般に水量が多い。阿賀ノ川はそれほどの大河ではないが、常に水は満々としている。
 カメのとびこんだところは、流れの幅がタップリ二百|米《メートル》はあって、その全部がほとんど背が立たない。この二三里下流へさがると、日本でたった一ヵ所のツツガ虫の生息地で、この区域の川へはいると命が危い。もっとも当時は、人々がそんなことを考えていたか、どうかは分らない。
 人々は十数艘の舟をつらねて漕ぎだしたが、カメの姿はどこにも見えない。
「奴め。苦しまぎれに本当に身投げしたのかな。そうすると、大変だが、イヤ、イヤ。一晩中井戸の中にいて平気な野郎だ。バカの智恵というものもバカにはならないぞ。ひょッとすると、沖へ逃げたとみせて、岸の浅瀬に身をひそめて鼻で息をしているかも知れないぞ」
 手わけして探しまわっているうち、ふと対岸をみると、カメがオカへあがって一休みしている。
「この野郎」
 対岸へ漕ぎよせ
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