一夜があけてしまった。
もはや呼んでも返事がないから、一同も顔色を変えて、井戸の底へ紐につけたローソクを下してみたが、カメの姿が見えない。さア、大変だ。みんなガタガタふるえだした。昭和の我々が空襲だ原子バクダンだと云っても生きる希望はあるが、カメが死んだとなると一同の獄門はハッキリしている。死から逃げ道がないのであるから、言い合したように歯の根が合わなくなって、みんなの足がコチコチ、コチコチと井戸端のタタキを自然にこまかくふんで合唱をおこす。ローソクの紐を持っている男は、手の自由を失って、上げることも下げることもできず、ただ、ふるえが止まらない。ローソクがプラン/\ゆれて、水面へ突きだしているカメの鼻をやいたから、カメは水中でとびあがった。
「ワアッ。人殺し!」
「ワッ。カメの幽霊が出た」
「待て。待て。そうじゃないぞ。幽霊が人殺しなんて叫ぶのはきいたことがない。まだカメは生きているらしいぞ。オーイ。カメや。生きているか。たのむから、返事をしてくれ」
「この嘘コキども。オレは井戸から上ってやらないぞ。ツルベの水をくませてやらないから、そう思え」
「ワア、生きている」
にわかに安心し
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