ンと食わせてやるから、早くあがってこい」
「そうか。ありがたいな」
大よろこび、スルスルとあがってくる。待ちかまえていた町内の連中が、襟首をつかんで、ひッとらえて、いきなりポカポカなぐりつける。
「この野郎、ふてえ野郎だ。だれがキサマにミソ漬けのムスビをくわせるもんか。これでも、くらえ」
よってたかって、こづきまわす、ぶんなぐる。カメはおどろき、泡をくらって、隙をみると、人々の手をスルリとぬけて、再び井戸の中へドブゥンととびこんでしまった。
町内の連中の魂胆を見とどけたから、もう、どんなにうまいことを言っても、カメはあがってこない。
「この嘘コキ! ダメだ!」
カメは井戸の底にむくれて、大いに腹を立てている。なアに、窮屈な思をして、家の中に住むことはない。井戸の中の方が、どれぐらい静かで邪魔がなくて、暮しいいか分らない。カメは困るどころか、処を得て、安心している。地上の連中はそんなこととは知らないから、こうなると、カメのフンドシの垢をのむぐらいで渋い顔をしていられない。カメが井戸の中で死にでもしたら、町内一同獄門にかけられてしもう。大変なことになったと、ウロウロしているうちに、
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