「オーイ」
「アレ。カメが生きてやがる。オーイ。お前、生きてるか」
「生きてるぞ」
「ウーン。運のいい野郎だなア。この深い井戸へとびこんで、二度も生きてやがる。バカの身体というものは特別なものだ。しかし、これで井戸がえをせずに、助かった。ヤーイ、怪我はないか」
「怪我はないぞ」
「いばってやがら。なぜ、とびこんだ?」
「あがってやるから、ツルベをおろせ」
「身投げしておいてツルベをサイソクしてやがる。お前、一人であがれるか」
「ミソ漬けのムスビ五ツだせば、あがってやるぞ。五ツだすか」
「ハハア」
 ようやく一同は気がついた。さては奴め、前回に味をしめてムスビをサイソクに井戸へとびこみおったか。バカの一念というものは思いきったものだ。しかし、憎い野郎だ。いッそ一晩井戸の底へとじこめて、こらしめてやりたいが、カメのオカカは不精な奴で、ろくにカメの下帯のセンタクもしてやらないから、色が変っている。一晩つけて、それが自然に色が白くなったのでは、町内のものはカメのフンドシの垢をのむことになってしもう。井戸へ漬けておくわけにもいかない。
「お前の願いは、なんでも、きいてやる。ミソ漬けのムスビをウ
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