人的であつた。そして最も俗人でなかつた。
 バイロンは極めて稚気愛すべき名誉心を持つた男で、ある時人が彼をルッソーに比較した。ところがロード・バイロンはルッソーが下男の子供であるといふ一点に於て彼と同等に論ぜられることがひどく不機嫌だつたといふ。ことほど左様に自己に憑かれ彼は「芝居ができなかつた」ことほど左様に純粋にして高潔な心の持主だつたとスタンダールは批評を加へてゐるのである。これと全く同じことを私は詩人牧野信一に就て言ふことができる。

 私は近年牧野さんと文学上の見解を異にしあまり往来しなかつた。私は詩人から小説家になつた。すくなくとも、ならうとしてゐた。私達は詩と小説の食ひ違ひで会へば必ず啀《いが》みあつた。然し牧野さんは理論を持たない人だから単に悪罵になるばかりでお互に気まづい思ひをするばかりだから、自然会ふことも少くなり、会つても最近は文学を談じたことは全くなかつた。それでも今年になつてから私は三度牧野さんを訪れた。牧野さんは普段と変らぬ元気だつた。むしろ奥さんが若干ヒステリイ気味で、牧野さんの居ない時を見はからつて、近頃彼の神経衰弱のひどいこと、酒に酔ふと乱暴で昨日も先
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