粋な魂があくまでも生きつづけ、死をも尚生きつづけたのではないか! 生きたいための自殺は世の多くの自殺がさうであるが、牧野さんは自殺をも生きつづけたと言ふべきである。彼はつひに死をもなほ夢と共に生きつづけたのだ。明るい自殺よ! とても憂鬱な顔附をしてお通夜なぞしてゐられたものではなかつたので、私は谷丹三をそそのかし、通夜をぬけでて小田原の飲み屋へいつた。私達は泥酔した。

 牧野さんは私達と酒をのむと、自分一人まつさきに酔つたあげく、(前にも述べたが彼は酒に弱かつた。そしてある時はてんで酔へず、ある時は又へべれけに酔つ払ふのが常だつた。そのへべれけに酔つた時にはきまつたやうに――)「おい、お前達はぬれ藁のやうにしめつぽく黙りこんでゐるぢやないか」と一夜に数回となくきめつける癖があつた。これはファウストの科白ださうだ。私達はお通夜をしりめ[#「しりめ」に傍点]に杯の数をあげながら、つまり今夜俺達は例のファウストの科白に復讐してゐるやうなものだなと言ひあつて呵々大笑したものである。そして翌朝まで帰らなかつた。

「ええ、ままよ」恐らく彼はさう呟いたに違ひない。「牧野さん[#「牧野さん」に傍点
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