の人間と、いづれが果して真実の自分であるか、之は一方のみに規定しがたいことであると言ひ、デカルトも亦同じ疑問にとらはれてゐる。だが、かゝる素朴な夢問答はともかくとして、こゝに文学の問題として、共産主義者や坊主の如くに、現世に於て実現し得ると信ぜらるゝ如き夢が実在するか。かゝる夢とは幸福の同義語であらうけれども概ね、文学の問題としては、かゝる幸福の実在を否定し、迷路と混沌、悲哀や不幸や悪徳の上にせめても虚無の仇花を咲かせようとの類ひである。然らばかゝる仇花が文学の現世に於て実現すべき夢であるか。なるほど文学の一面にかゝる悲哀のオモチャとしての性質は不変絶対の相を示してゐるけれども、之のみが全部ではない。――こゝのところで三平の思索は常に中絶し、こゝから先は酒を飲み、気焔高らかに酔つたところで、新らたな出発が始まるといふ具合であつた。だから彼の文学は酒の中に再生することによつて辛くも命脈を保つといふ憐れな状態であり、彼が爽快に酔ふことを如何に熱烈に、又、必死に、欲してゐるかといふことは、これによつて想像される。暗闇の中で声のみを相手に酔ひの廻つた三平が、すでにもうこゝから無限の距離をへだて
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