た夢の世界へ誕生してゐる事実に就ては、秋水は何も知らなかつた。そこへ小僧が帰つてきた。
「オイ、小僧。お前は恋をしてゐるのか。可憐なことだ。こゝへお坐り。お前の悲しみに就て語つてきかせて呉れ。お前はその娘の目が好きなのか。亜麻色の髪の毛だけに恋をして痩せたといふ子供があるのだからな。その娘はお前を見ると今日はを言ふ前にきつと何か意地の悪い仕種《しぐさ》を見せるに相違ない。女は生れたときからもう腹黒いものだからな。ところが、そこが、男の気に入るといふわけだ。男はいつも傷だらけだ。靴となり、あの子の足に踏まれたい、か。お前の娘は、年はいくつだね」
「娘なんか、知らないや」
と、小僧は腹立たしげに答へた。彼は吹けば飛びさうな三平を大いに軽蔑してゐたばかりか、腕力的にも優越感をいだいてゐて、全く見くびつてゐたのである。
「へん、ここは酒屋ぢやないや。店を締めるから、どいとくれ」
「ヤイ、コラ。無礼者」
秋水は立上り、小僧の胸倉をとつて二三べんこづき廻した。測らざる伏兵が暗闇から現れたので、小僧はふるへ上つてしまつたが、時々どこからともなく現れる共産党くづれの生臭坊主は彼の恐怖の的であつた。
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