なぜなら彼は共産党時代に牢獄で受けた拷問の実演を見せるために、小僧を後手に縛りあげて柱に吊し、長々と説明しながら「助けて下さい」と言ふと尚高く縄を吊りあげ、ブラ/\するとドサリと畳へ落しておいて頭から水をあびせるからであつた。「この吊り下げた足もとのところへ脂汗がタラリ/\と落ちるものだ。脂汗といふ奴は普通の汗と違つて粘り気があるから、崩れて流れずに一寸ぐらゐの山の形につもるものだぜ」秋水の説明が小僧の頭に悪魔の咒《のろ》ひの声のやうに残つてゐる。
「お助け下さい。秋水さん」
「お助け下さいとは何事だ。お助け下さいとは、お前が何も悪いことをしないのに、人が鼻先へ刀を突きつけた時に言ふことだ。そもそも拙僧を秋水さんとは不届千万な小僧め。主人の不在のたびに店の品物を盗みだして喫茶店へ通ふとは言語道断な奴だ。天に代つて取り調べてやる。貴様の惚れた娘といふのはいくつになる」
「三十八です」
「三十八の娘があるか」
「いゝえ、嘘ではないです。ア、ア、痛々。お許し下さい。死にます。死にます」
「その店の名はなんといふか」
「オボロといふオデン屋ですよ」
「フーム。オデン屋か。奇怪千万な奴だ。貴様は
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