ると、彼はもう酔へないばかりか、ヘドを吐いたりするのであつた。まして今夜のやうに小田原屈指の豪傑が十何人も揃つた席ではとても酔へない。そこで出掛ける前に一杯飲んできたのだけれども、まだいけないので、青眠洞のブラさげてゐる三升のうちのなにがしを分捕り、信助の店へ残つて信助か小僧を相手に傾けたなら酔へるだらう。その勢ひで婚礼の席へ乗り込もうといふ企らみを隠してゐる。信助は火星人で口が廻らぬ男だから、この人物が相手なら三平も気焔を上げて酔へるのである。
「どうだい、遅れて行く代り、その酒を一本置いて行つてくれないか」
「そんなずるい手があるものか。それなら三合だけ置いて行かう」
「酒は朴水のところにも用意があるのだから、一升置いて行つてもいゝぢやないか」
「朴水はケチだから、いくらの用意もある筈がないさ。だから、かうして足りない分を用意して来たのぢやないか。酒といふものはみんな寄合つて飲むところに味がある」
 と青眠洞は酒の真理を主張したが、之は三平には通用しない。彼は必死の瀬戸際であるから、
「ぢや、信助のぶんと合せて六合」
「オイ/\。もう時間だぜ」
「何か酒を分ける容れ物はないか」

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