な燈火の下でオカミサンがスルメを焼いて子供達に食事をさせてゐた。中介は挨拶の代りにスルメをつまみあげてものゝ五分間もかゝつて呑みこんだ。
「このアルコールには殺気が含まれてゐる。メスの刃のしたゝりだ。スルメによつて、この毒を消すことができる」
「あんたは朴水さんの婚礼に行かないの」
「ヤ、ヤッ。見よ。まさに、それだ! さあ、停車場へ急がねばならぬ。とはいへ電車の時間があるから、おい、今度の発車は何時だ。電車の中のオカヅにはこのスルメが調法だから、之を紙につゝんで」
「駄目だよ。ウチのオカヅがなくなるよ」
「俺のオカヅもなくなるよ」
 と中介は無理無体にスルメをポケットへねぢこんで、停車場へ向つて駈けだした。

 朴水の家ではてんで花嫁が顔を見せずに、然し、婚礼は盛大に進んでゐた。田舎の農家であるから燈火管制などは全然黙殺されて燈火は煌々とかゞやいてゐる。酒のために照りかゞやいた朴水は花聟の喜びに満悦して鼻ヒゲまでが生き生きと酔つぱらひ、一座の面々も大いに酔つてゐるけれども、まだ乱れてはゐないのである。之には多少の理由があり、朴水はともかく帝展の審査員であるから、一同も十分の一目ぐらゐは
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