ぢやないか。出掛けないと遅れるぞ」
「そんな話はきかないよ。お前は脳震盪を起してボケたのだらう」
「さては、さういふ事の次第かな。然し、待てよ。青眠洞がたしかに廻覧をまはしてよこして、娘が持つてきた筈だが」
「だから、それが幻覚といふものなんだ。第一、朴水の婚礼などが有る筈があるものか」
 ウームと中介は目をまるくして考へこんでしまつたが、気を取直して景気よく飲みはじめた。けれども酔ひがまはるにつれて、彼の意識はいくらか常態にもどつてきた。吾は目覚めたり! と彼は叫んで突然立上つてゐた。
「朴水の婚礼は幻覚ではない。先づ我等は青眠洞を訪ねてみよう。さうすれば万事は分る。けれども、もし幻覚だとこのアルコールが残念だから、この瓶にかう蓋をつめて之をポケットに入れて持つて帰らう。このコップも目盛があつて便利な仕掛であるから、之は紙につゝんで手に持つて行かう。水はどこかのウチの水道があるから、之は多分いらないだらう」
 中介は手際よく始末して信助をうながして病院をでた。病院から青眠洞まで長い道のりであるから、二人は時々見知らぬ家の水道をもらつて目盛をはかつて酒もりをした。青眠洞の店の奥では幽か
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