部を打つたのだらう。相当な打撲傷はある。だが、傷ができて血も流れたから、大したことはない。テロリズムの被害のうちではカスリ傷といふものだらう」
稔は中介の髪の毛を切り、わざと手ひどく痛む薬をぬりつけた。中介は歯を喰ひしばり、陰々たる苦悶の呻きをあげて鉄の椅子にしがみついてポロ/\と涙を流したが、泣きながら信助のコップを指して訊ねた。
「お前の飲んでゐるのは何か」
「薬用アルコールと風薬のカクテルださうだよ」
「俺にも飲ませろ」
「明日の朝まで命の危い病人がアルコールを飲む手もなからう」
と稔がとめたが、中介は言ひだした以上はきかないのである。かういふ男は猛獣なみの生理と心得てよろしからうと、稔もあとは見ぬふりをしてゐると、中介は飲みほして、ハイ、お代り、看護婦を女給と心得てコップを突きだす。看護婦は怒つて振り向きもしない。けれども中介はいさゝかも弱らず、瓶を一つづゝ鼻にあてゝ嗅いでみて、心得顔に目盛に合せて注いでゐる。
「エッヘッヘエ。お前は何度ジャコビン党に殴られたか」
「俺はまだ殴られたことがない」
「アッ、さうだ。今夜は朴水の婚礼だ。今頃はみんなお前の店先へ集つて出掛ける時刻
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