音、バタン/\といふ扉の音、金切声が入りみだれて湧き立つてきた。
「こゝは内科ですよ。いけない、/\。そつちは婦人科ですよう。どうしたの。酔つ払つてゐるの。そんなところで上衣を脱いぢやつて、アラ/\第一、この人は靴をはいてゐるよ。あなたはどこが悪いんですか。精神病科はこの病院にはありませんよ」
 と一人の看護婦が叫んでゐるうちに、外科室の扉が押しひらかれて、蒼白な顔をした芥中介がフラ/\と扉につかまつて崩れこんできた。彼の最初に発した声は「やられた!」といふ一語であつた。
 南雲稔はかねて芥中介の詩を愛読して一個の鬼才を認めてゐたから、町では名題のこの悪童を相当なる敬意を払つて遇してゐる。けれども中介は人が才能を認めてくれるとそれが当り前だと思つてつけ上るばかりであるから、稔も一方に腹を立てゝもゐるのである。
「さては喧嘩をしたね」
「ジャコビン党の手先にやられた。あの奴らは暗殺の常習者だから、胸のポケットに毒針まで隠してゐやがる」
 中介は鉄のベッドに縋りついて、全身からの太息をもらした。
「俺の命は明日の朝まで危いのだ。注射をたのむ」
「どこをやられたね」
「身体中を探してくれ。血
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