こゝから事態がどうなつたか、之はもう誰にも分らない。
話は変つて、信助は新刊書の包みを背負つて、とある病院の外科の診察室へ這入つて行つた。外科の先生の南雲稔は読書家で、新刊の高価な本を無雑作に十冊ぐらゐ買つてくれるからである。
「丁度良いところへ来てくれたな。今晩は手術もないし、今すぐ終るところだから待つてゐてくれ。夕飯を食はふぢやないか。待つのも手持無沙汰だらうから、手製の珍品を御馳走しよう。おい/\。例の品物をとりだしてくれ。患者の方は構はないから三文堂に御馳走を調合してやりたまへ」
そこで看護婦は二本の瓶と水差をお盆にのせて現れてきた。一本の瓶は薬用アルコールで、他の一本は何とかいふ風薬からこしらへた代用の砂糖水だと言ふのである。はからざるアルコールの出現に、看護婦がまた目盛のあるコップに薬と同じ要領で調合するから、信助はもう飲まないうちから奇妙な気持になつてゐる。見廻す四方は金属の医療器械と鉄のベッドとメスとピンセットの皿であるから、信助の想念はむやみにふくれあがり、表現に窮して全然喋る言葉がない。思ひつめた顔をしてアルコールを飲んでゐる。すると騒々しい物音が起つて、騒ぐ跫
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