た筈だな」
「そうだ。そうだ。去年まではたしかに一軒であったが、本日は正月元日、すなわち去年の翌日だから、たぶん、まだ一軒だろう」
「なに云うてるね。昨夜のことなら去年だろう」
「そうだ。これはまさにその通りだ。してみると、たしかに一軒だな」
 これをきいて助六は怒った。
「皆さんの話をきいていると、まるで私が犯人のようじゃないか。はばかりながら、私は新年に餅を食うが、鯉や鮒を食うような習慣は持ち合せがない。最近この村外れに道ブシンがはじまって、よそから人足がはいってるから、餅を食ってるのは私だけとは限らない。どれ、その餅を見せてごらんなさい」
「そうはいかないよ。これは証拠の品だから」
「バカな。その餅を奪って証拠を消すようなことをすれば私が犯人ですと白状するも同然じゃないか。皆さんとても知らない筈はなかろうが、餅はツキ方によって、それぞれ多少はちがうものだ。その餅を見れば、どんな人の食う餅か、多少は分らぬことはない。見せなさい」
 そこで一個の餅を受けとり手にとって充分に調べた助六は、思わず顔がくずれるほど安心して、
「これは町の人の食う餅だ。むろん私の餅でもないし、近村の農家の餅
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