が、そのほかに、もう一品、異様な物をおき忘れて逃げ去りまして、それがこれなる手ヌグイ包みでありますが」平吉はツリ竿とビクを下において、フトコロから例の物をとりだして、人々に差し示した。
「これが奇妙な物なんですな。はじめ魚のエサかと思いましたが、ビクの中にネリ餌の用意があるのを見ると、これはちがった用向きの物らしい。物は何かと申しますると、まことにフシギや、ほれ、ごらんの如くに焼いた餅です。つまり泥棒はツリをしながら餅を食うつもりでしたろう。ところが、フシギと申しまするのは、当村は正月には餅を食べないところです。どこの家にも餅のある筈がございません。これが甚だフシギです。遠方のよその土地からわざわざ夜更けに魚泥棒にくる人があろうとは思われませんが、近所に餅を食ってるのは誰でしょうかな」
 酒の多少まわってる人々が多かったから、これからが大変なことになった。なぜなら、ただ一人村の長年の習慣を破って餅を食ってる助六に反感をいだいている人が少くなかったからである。
「なるほど、それはまことにフシギだ。大フシギだな。この村に餅を食べる家といえば、たしか一軒あるときいていたが。たしか二軒はなかっ
前へ 次へ
全19ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング