ていた。平吉は今年の元日に限って朝から一杯キゲン、大そうよい心持だ。午になると、ツリ竿とビクと手ヌグイ包みをぶらさげて、満面に笑をたたえて役場へ急いだ。
「元日から魚ツリですか」
「ハッハッハ」平吉は笑うのみで黙して語らず、期待に胸をワクワクさせて、新年遥拝式の終るのを待った。餅を食ってきたに相違ない助六も、天を怖れる風もなく、列に並んで新年遥拝を終った。
 さて祝宴がはじまったとき、平吉はいよいよすッくと立上って、ツリ竿とビクを差上げて、
「さて、皆さん。ただいまワタクシは新年にちなみ、ツリ竿とビクをたずさえてエビス様のマネをしているわけではありません。実はあまり香《かんば》しい話ではありませんが、若干おもしろいところもありますので、新年そうそう皆さんのお耳を汚させていただきます。ワタクシが昨夜夜半にふと目をさましたところ、誰やら庭の池の氷をわっている物音が耳につきました。そこで足音を殺し、シンバリ棒を外し、ガラリと戸をあけて大喝一声いたしましたところ、賊はとる物もとりあえず逃げ去りました。あとに残されたのが、この品々です。魚泥棒がツリ竿とビクをおき残して逃げたのにフシギはありません
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