。だが、まてよ。フム。泥棒は、わかったぞ。あの野郎ときまった。ふてえ野郎だ」
「誰ですか」
「杉の木の野郎だよ。この村に、新年に餅を食う変テコな野郎は一人しかいない。あの野郎め、オレの鯉で餅の味をつけようてえ寸法だな」
「村の人を疑っちゃいけないわ。杉の木さんはお金持でしょう」
「ケチンボーではこの上なしの奴だ。みろよ。お弁当の餅といえば、ノリをまくとか何とか味をつけるものだ。この餅は焼いただけで味なんぞつけてやしないや。あのケチンボーめのやりそうなことだ。餅を食う奴にろくな奴はいやしない。とッちめてくれるぞ」
円池の隣家――といっても畑をはさんで一町の余も離れているが、そこに一本の大きな杉の木のある農家があった。ちょうど隣家の円池と同じように、日当りのよい前庭の真ン中に杉の木がある。そこで通称杉の木サンとよばれている。両家ともに村ではお金持である。
円池と杉の木は、その前庭の存在物のために昔から両家で張りあっていた。つまり、オレの杉の木が古い、オレの円池がもっと古いと称して両々ゆずらないのである。たがいに一方を成り上り者と称し、他が一方の前庭の存在をマネて、同じ位置に細工を施した
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