チへ行ってみると、池の中に浮いてるのは彼の家のホシモノ竿であるが、そのほかに安物のツリ竿、ビク、そして手ヌグイ包みが一ツ落ッこちている。包みの中から見なれない変なものがでてきた。
「魚の餌しては変だなア。なんだろう? まだ、ビクはカラだな。一匹もつらないうちに、道具一式おき忘れて逃げちまやがった。いい気味だ」
 そこで平吉は戦利品を屋内へ持ち帰って、
「これを取りあげちまえば、もう今晩は盗みができない。一本十円ばかりのこの安竿で何百円何千円という鯉を盗みとろうとはふとい野郎がいるものだなア。アレ。ビクの中にエサのネリ餌があらア。するとこの手ヌグイ包みは何だろうな」
 電燈の下にひろげてみると、矩形の変にやわらかな焼いた物だ。
「こりゃア餅じゃアないか」
「そうだわ。焼いた餅だわ」
「してみるてえと、魚のエサじゃアなくて、泥棒のエサだな。これを食いながらノンビリ鯉をつるつもりだったんだなア。泥棒を遊山《ゆさん》と心得てやがる」
「ですが、新年のお餅でしょうから、この村の人じゃアありませんね。村の者はこんな悪いことはしませんよ」
「なるほど、そうだ。この村の者は新年に餅なんぞ食いやしねえな
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