ろに、日当りのよい前庭に百坪もある円い池のある農家があった。その池には先祖からの鯉がいっぱい泳いでいて、それだけでも一財産だと云われているほどの池だから、この家はいつのころからか円池《まるいけ》サンという通称でよばれるようになっていた。
 年の暮も押しつまって明日は新年という大晦日の夜更けに、円池の平吉という当主が便所に立ったところ、その晩はカラッ風のない晩で、そういうときのシンシンとした寒さ静けさはまた一入《ひとしお》なものだ。思わず足音を殺すようにして廊下を歩いていると、庭でコツンバシャンとかすかな音がする。立ち止って耳をすますと、どうも氷をわる音だ。まだ氷が厚くないらしく、竹竿ようのもので誰かが池の氷をわっているようである。
「さては鯉泥棒だな。大晦日だというのに商売熱心の奴がいるものだ。大方正月のオカズにしようというのだろう。悪い奴だ」
 そッとシンバリ棒を外した平吉が、ガラリと戸をあけると、その棒をふりかぶって、
「この泥棒野郎!」
 と暗闇の中へおどりこむと、泥棒は竹竿を池の中へ投げすてて逃げてしまった。家族の者がおどろいて起きてきたので、平吉はチョーチンをつけさせて池のフ
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