ろう」
 田舎の人というものは、論争の屁理窟の立て方に長じていて、それにまきこまれてしまうと正常の理窟は役に立たなくなってしまう。またその論争を聞く人々も自分の感情や意地にからんで手前流に判断するから、こうなると、助六に歩《ぶ》がない。一同はワアワアと立ち上って、
「そうだ。そうだ。杉の木は村の者を口でだますコンタンだ。自分だけ餅を知ってるようなことを云うが、そうは、いかねえぞ。オレは米をつくる百姓だ。五十八年も野良にでている百姓だぞ。餅のことぐらい知らないで、どうするか」
「そうだとも。オレは野良にでて六十三年になる。農作物のことなら、隅から隅まで知らないということがないぞ」
「理学の原理によれば、焼いた餅が冷めたくなると、ツブができるとされている。一晩すぎると、ちょうどツブができるな。しかしだな。ただ冷えただけでは、そうはいかないが、氷のはるような寒い晩に吹きさらしにされていると、特別そうなるものだ。カンテンと同じようなものだな。魚のニコゴリも理窟はそれに似ている。これは理学上の問題であるが、オレは昔三年間ばかりその方の研究をしたことがあって、そもそもカンテンは海からとれた植物を山
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