廻る温覚は俺をへべれけに酔つ払はしてゐるのだつた。だから俺は酒に酔ふのは自分ではなく何か自分をとりまく空気みたいなものが酔つちまふんだと思つてゐるのだが――そんなことを思ひ当てるときは、きまつて足腰もたたない程酔ひしれてゐるのだ。
 俺はぐいぐいと、どれ程の酒を呑みほしたものであらうか。益々冴える神経の線が例の模糊とした靄につつまれてゆくのを感じながらふと我にかへると、思はず俺はわあつ! と――いや、もはや俺は物に驚く力をも忘れた木念人であつたから、朦朧たる目を見開いて、見開いても暫くはさだかに見定まらないので、わしあ驚かんよ。勝手にしろよ。とフラフラと動いたのだ。
 俺達の酒倉はいつの間にか緑したたる熱国の杜に変つてゐた。見涯《みはて》もつかぬ広い線は、あれはみんな魂の生《ナ》るやうな、葉の厚ぼつたい、あんな樹々だ。菩提樹、沙羅樹、椰子、アンモラ樹。緑をわたる風のサヤサヤにガサツな音を雑《まじ》へる奴は、あれは木の葉ではない、地べたに密生する丈長い草――ペンペン草ではありませんよだ――これは梵語にクサと呼ぶ草で印度に繁る雑草だつた。クサの繁みに一きは白くそびえ立つ円塔は、あれは聖なる
前へ 次へ
全25ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング