くなつてしまつた。
それからものの五分もぢつとそんな風にしてゐたのだらうか、ふと引くやうな物音に我にかへると、それは嘗て耳に馴れない笛の音で唄ふやうに鳴りひびいてくるものだから何事であらうかと目で探ると――俺は危くうわあつ! と呻えて酒樽に縋りつくところだつた。一匹のコブラが頸のところをまんまるく膨ませ、立つやうに泳ぐやうに屈伸しながら、ぼやけた蝋燭にいやらしいその影を騒がせてゐるのだ。これは音にきく熱国の蛇使ひであらうか、白い回教徒頭巾《チュルパン》を頭にまいた鋼色の男が酒樽の片影に坐を組んで太く節くれて光沢のある笛を吹いてゐる……
わあわあ、余は酔つたんだあ。断じて俺は酔つちまつたぞ。と、俺は絶望して俺の頭を横抱きにかかへながら、せめて親友瑜珈行者は何処へ行つたんだ、助けて呉れえと眺めまはすと――亦しても俺はわあつ! と今度は笑ひが爆発して今にも粉微塵と千切れ去るところだつた。何といふ笑ふべき格巧であらうか! 魁偉なる尻を天高く差しあげ、太い頸をその股にさし込むばかりにして匍匐するあの様は、あれが行者の得意なる背亀坐《ウッターナーサナ》であるのか。それともむしろあの形よりおして
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