なく法を会得し、転じて一方には聖なる苦行断食の徒を生み出して彼等には幻術の妙果を与へるに至つたのぢやよ。されば我等の幻術は現実に於て詩を行ひ山師神神を放逐し賢《サカシ》ら人を猿となし酒呑めば酒となる真実の人間を現示せんとするものであるわい。いで――
(と、行者は奇蹟的な丸顔をニタニタと笑はせながら立ちあがつたんだ)
 ――いで空々しく天駈ける尊公の想像力を打ちひしぎ、地を這ふ人間そのものを即坐に詩と化す幻術の妙を事実に当つてお目にかけるよ。
 と、フウフウと酒気を吐きながら、しばらくは酒樽にもたれてフラフラと足下も定まらなかつたが、おもむろに重心を失ふと横にころげて鯉のやうにビクビクと動くのだ。
 俺はもう行者の長談議の中途から全く退屈してゐたので、どうにと勝手になるやうになれと、酒倉の壁にもたれて天井の蜘蛛の巣を見てゐたが、酔つたせえでもあるのだらうか、ぼやけた蝋燭は数限りない陰陰を投げて狂ほしく八方へ舞ひめぐり、さらでも朦朧とした俺の視界を漠然の中へ引きづりこんでしまふのだ。俺は木枯の響がヒュウとなつて酒倉をくるくると駈けめぐるのをきいてゐたが――そのうちにみんな忘れて何もきこえな
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