武蔵野の木枯を弾になつて一条にころがつてゐるのだ。
わあ!
助けて呉れえ、冬籠りだあ!
と、かやうに声高く武蔵野を喚きながら、俺は酒倉の戸を踏み破つて――
(俺達の酒倉では二十石の酒樽から酒をのむのぢやよ)
――二十石の酒樽を抱きかかへるやうにしてグイグイ、ぐいぐいと酒の灰色を一息に(茨ぢやよ)あほるのだ。木枯がペンペン草を吹き倒すとき、俺は毎年もとの酔つ払ひに還元してしまふのだつた。
こうして俺、聖なる呑んだくれは、武蔵野の木枯が真紅に焼ける夕まぐれ足を速めて酒倉へ急ぐのだが――すると酒倉の横つちよには素つ裸の柿の木が一本だけ立つてゐるのだ(君は勿論知るまいが――)。この柿は葉が落ちても柿の実の三つ四つをブラ下げて、泌むやうな影を酒倉の白壁へ落してゐるのだが――俺は毎日このまつかな柿の実へ俺の魂を忘れて、ふいと酒倉へもぐるのだ――と、こう思ふのがせめてもの俺の口実なんだ。だから俺は安心して、あれとこれとは別物だけれど、まるで魂を注ぐやうに、酒樽にとびかかると、ぐいぐいぐいぐいと酒を魂を呑んぢまふんだあ! 概して俺はこの酒倉で最もへべれけに酔つ払ふ男の唯一人で、酒倉の階段を踏
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