く気に入つた一つの村落を見つけ出したのです。夢ではないかと悦んで思はず快心の笑みを洩して居りますと村端れの一軒に突然物の破ける音がして、やがて荒れ狂ふ木枯にふうわりと雨戸が一枚倒れるのを見ましたが、次の瞬間には真つ黒な塊が弾丸のやうに転げ出て、僕の方へまつしぐらに駈け寄つてくるのです。近づくのをよくよく見ますと、いやに僕によく似た――背が高く、毛髪は茫茫とし、顔色は蒼白で、駈けてきた所為でもありませうが、何となく疲労の色が額に漂つてゐて、妙チキリンなピヂャマを着てゐるんです。一体こいつほんとに気狂ひかしら、と無論僕はさう思ひついたのですが、広い武蔵野の真ん中で紅紅とただ二人照し出されてみますと、この怪物がばかに親密に見えるものですから、君、君、と僕は通りすぎるこの怪物を呼びとめました。ところがこの周章《あわ》て者は僕の声などてんで耳に這入らないらしく尚も一散に弾となり水平線の向ふ側へ飛び去りさうに見えたものですから、僕も亦とつさにわあつといふと一本の線になつてこの男の跡を追ひかけるやうな次第になつたのですが――大根の四五本ぬき棄てられてある横つちよのあたりでやつとこの周章て者の腰のとこ
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