で一日目二日目と浅草をまわり、三日目に気をかえて対岸へ渡ってみると、向島の魚銀という小さな料理仕出し屋がアッサリ答えた。
「この季節にタケノコを使うのはオレのウチぐらいのものだ。もっとも日がきまってるな。一月三十一日。この日だけだ。今年で六年目だな。寺島に才川というウチがある。そこの一月三十一日の法要には毎年必ずタケノコを使わなきゃアいけない。わざわざ目黒の百姓のところへオレがでかけて掘ってもらってくるんだよ」
 一月三十一日。まさしく、これだ。場所と云い、時と云い、まさにかくあるべきところである。楠は心中にコオドリして喜んだが、色には見せず、怪しまれぬ程度に訊きだしてみると、次のことが分った。
 寺島の才川平作といえば名題《なだい》の高利貸しであった。間接に千や二千の人間は殺してるようなものだぜ、という鬼の商法で巨万の財を築いた男。ところが、六年前に長年連れ添う女房をなくして以来、その命日の一月三十一日にタケノコを食う。これは女房の何よりの好物であった。もっとも女房存命中は出盛りの季節に食ってたもので、寒中にタケノコを食うゼイタクを鬼の才川平作が許すわけはない。ところが女房が死ぬと、
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