種は知りませんなア」
 目黒の方へ問い合わせると、こういう返事だ。とにかくタケノコや鶏の肉から考えると、相当美食家らしいから、ヤクザではないらしくなってきたが、ヤクザが宴会の席でもつれてその帰路に殺すという場合なら胃の中の物もフシギなく当てはまる。
「とにかく行方不明の人間を調べて一人ずつ照合しているうちに身許が分るかも知れない。ほかに手はなかろう。もっとも、バカに根気のいい人物がいたら、八百八町の八百屋と料理屋を全部廻ってタケノコを訊いて歩く役を買って出たまえ。ほかの勤務は十日間休みにしてやるから、誰かバカに根気のいい人物はおらぬかな」
 この上役の冗談をきいてスゴスゴと立上った若い巡査がいた。まったくスゴスゴと、浮かない顔だ。これが楠である。
「その役をボクが買っていいですか。とにかくなんとなくインネンですから」
「なるほど。つまりバカのせいではないわけか。そう云えるのはオ前サンだけだ。大いによろしい。インネンによって八百屋と料理屋をシラミつぶしに訊いてまわれ。一軒ももらすな。約束通り他の勤務は十日間休んでよろしいぜ」
 そこで楠は根気よく八百屋と料理屋を一軒ずつ訊いて廻った。そこ
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