錬の先輩が、
「なにィ。オイ。この報告書キサマか。タケノコを寒中に用いる料理屋は向島の魚銀だけだと? たったそれだけ聞きこむために十日も休みをもらってボヤボヤ歩いていやがったのか。キサマの分担の役目をオレが先き駈けする気持はなかったのだが、ふと気がついたことだし、先をいそぐから、オレは一流の料亭を三ツ当ってみた。するとオレがここと狙った三軒が全部、八百膳も、亀清も、八百松も、たいがいの日にタケノコを使ってらア。キサマ十日間どこを歩いてたんだ。顔を洗い直して、この三軒の板前にきいてこいよ。調査もれも、ひどすぎて、話のほかではないか。このインチキ小僧めが」
 こう怒られて、楠は色を失った。一日目と二日目は浅草だけシラミつぶしに聞きこみ、下谷の八百膳まで遠からぬところまで調べて行っておりながら、下谷は後にまわして三日目は対岸の向島へ。ここではわりに早々と魚銀にぶつかったから、あとの調査は中止して魚銀で打ち止め。そこで同じ向島の八百松も両国の亀清も調査には行かなかった。
 天下名題のこの三軒の料亭は彼の署を中心に、いずれも遠い距離ではない。先輩が思いついてちょッと行って訊いてみたというのも尤も
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