帰るのか」
「旦那にはお会いだろうよ。若旦那、お嬢さん夫婦、ここのウチの人たちは別にこの人をフシギがりやしないよ。その日に限ってトンビの客がくるてえことは承知してるんだよ。ただ法事の席のお客さん方には言ってはいけないと奥からの命令さ」
「奥さんの命令か。旦那じゃねえのか」
「奥てえのはつまり主人からてえお屋敷言葉だよ。百姓には分らねえや」
「それはつまり天狗なのか、人間なのか」
「文明開化の世に天狗がでるのは目黒の竹ヤブだけだ。それが三十がらみの男の人だけど、昼間きて昼間のうちに帰っちまうタダの人間にはマチガイないや」
「天狗でなくちゃア面白くないな。タケノコだけが目当なら人間でなくて天狗だがなア」
「タケノコメシをハナレへ持ってッてその人の前へおきッ放してくるんだけど、陰気な人だよ。部屋の中でも寒そうにトンビをきたまま、顔もあげず黙りこくッて坐ってらア。私やタケノコメシを置きすてて逃げるように戻るのさ、その時、話しかけられたら、さぞ怖いだろうよ」
「客人をほッぽりだして、一人ぽっち坐らせておいて、タケノコメシを食わせるだけか。ヘエ! 変なウチだ」
「法事がすむまでは仕方がないよ。お経
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