ら」
「タケノコメシはいただくけどねえ。お料理の折ヅメは、お客さん方は持って帰るし、ウチの方々、旦那と末のお嬢さん夫婦はいつもキレイに食っちまうし、お酒のみで物をあんまり召上らぬ若旦那は惚れた女の子のところへ折ヅメを持ってッてやるから、おさがりはないねえ。ホトケ様へあげる分が一ツある筈なんだけど、これもどこへ行っちまうのか、毎年その姿がなくなッちゃうねえ」
「トンビの人が食っちまうんだ」
「それは内緒よ」
「いいわよ。目黒のタケノコのアンチャンなんかに何きかせても分りやしないさ」
 と若い女中。楠はシメタと胸をときめかしたが何食わぬ顔。
「トンビはアブラゲじゃアねえか」
「ここのトンビはタケノコだ。アッハッハ。トンビたって、冬に男が上に着るトンビのことだよ。毎年、タケノコの日に限って、トンビをきた変なのがたッた一人裏口からきて、法事のお客さんには姿を見せずに奥のハナレに身を隠すようにしているんだけどねえ。いつ来ていつ帰ったのやら私たちにも分りやしない。変テコなお客だよ」
「ヘエ、面白いな。天狗じゃねえのか。目黒にはタケノコ好きの天狗がいたそうだ。ここの天狗は誰にも会わずにタケノコ食って
前へ 次へ
全59ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング