からって、寺島の才川家の勝手口をくぐった。
「ウチの買いつけの八百屋と行商の百姓はきまった人がいるからダメですよ」
と年増の女中が顔をだして云ったが、
「オレは並の行商の百姓とは違う者だね。目黒の奥のタケノコ百姓だ。実は毎年の寒のうちに向島の魚銀という料理屋がオレのところへタケノコを買いにきてくれるが、今日は手ブラで東京へでる用があったから、背中が軽いのはモッタイないと思って、ついでに魚銀にタケノコでも買ってもらうべいと気がついたね。朝の暗いうちに目黒をでて、道を急いで用をすまして魚銀を訪ねてみると、寒のタケノコを買ってくれるのは才川というウチだから、そこへ行って買ってもらえ。そこがいらないと云えば、ほかに買う当はないから諦めろとの話だ。すまねえが買ってくれ」
「アレ。変ったのが来た。チョイト! お金ちゃん。出てきてごらんよ。変テコな百姓が目黒の奥からでできたから」
こう云って若い女中をよんで、二人になると女たちは気が強くなり、珍しがって、からかいはじめた。計略図に当ったと楠は心中の喜びを隠しつつ、
「ここのほかには東京中に寒のタケノコを買ってくれる当がないてえから、持って帰るのも
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