加十さんには幸福ですが、全然見込みがないことでもなさそうですね」
「御子息の能文さんと仰有る方が才川の娘さんと結婚して秘書をつとめていらッしゃるそうですが、その能文さんから確かな話が伝わりやしませんか」
「いえ、能文は口の堅い男で。また、能文に限らず、旦那のお達しがあれば、私たちみんな口が堅いですよ。さもなければ私たちがお払い箱ですから。世間では鬼のように言いますが、私たちには情深いよい旦那ですよ。その代りお達しにそむくと怖しい」
このワケが分ってみれば、この先どんなに頼んでも堅い口を開かせる見込みがないことは一目リョウゼンだ。ニセの自己紹介のおかげでタケノコメシの一件をさぐる手がかりは失ったが、それはこの口の堅い連中に当ってムダをくりかえすよりも、むしろ他に求めるべきだろう。
「なんとかして加十さんに会いたいなア。いっそ才川さんでボクを下男にでも使ってくださらないかなア」
冗談にこう云うと、
「才川家には女中二人だけで下男ナシ。あの大きな屋敷に女中二人ッきり。そして、それ以上は人を使いやしませんよ」
これをきいて楠は呆れた。そして心がときめいた。あの大きな屋敷で女中二人だけとは
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